●797●『連塾 方法日本(1)神仏たちの秘密』『私の個人主義』『虹と睡蓮』

2009年3月9日 00:53:02



稽古を終えて、
「帰って、トムでも観るか」と言うと、
「トム・ハンクス?」と聞かれ、「違うよ」と答えると、
「ブラザー・トム?」と聞かれ、

帰宅して、『ミッション・インポッシブル』をプレイヤにセットした。

それにしても、この舞台作品のことしか考えてない。
驚くほどそれしか考えていない。
稽古場で劇団員を見続け、帰宅して脚本を開く。
自分で書いた脚本だけれども、誰よりも読まなければならないのは、ぼくだ。
劇団再生でその枷を外したことは一度もない。
誰よりも脚本を読まなければならない。一字でも一行でもたくさん読もう。
ずっとそうしてきた。そして、今夜も脚本を開く。

この脚本の好ましいところも、嫌悪するところも、唾棄すべきところも、愛くるしいところも、
丸くてころころしたところも、とんがって見たくもないところも、
全て丸ごと信じよう、と、脚本に書かれた言葉を読む。

全て丸ごと引き受けよう、と。
劇団再生の劇団員はみんなそうだ。
誰よりも読もうと脚本を読む。
劇作家の何もかもを読もうと脚本を読む。そして、それ以上にぼくは脚本を読む。
モニタには、ノックリストを盗み出すトムとジャン・レノ。

ぼくたちがぼくたち以上のぼくたちになれるのは、いつも劇団再生の稽古場だ。
言葉が言葉の機能をきちんと果たし、
言葉が言葉以上になることも、言葉以下なることもなく、粛々と言葉をし続ける稽古場。
長く演劇に携わってきた。
たくさんの稽古場でたくさんの稽古に関わってきた。
そこで見られた多くの現象は、常に言葉だった。

演出家が、言葉を言葉以上の何かに見せかけようと虚勢を張ったり、
俳優が、言葉の力を過信して自己を散漫にしたり、
脚本家が、言葉を言葉以上の芸術にしようと孤立したり、

どこの稽古場でもそうだった。
言葉を言葉以上のなにかだと思い込み、言葉に振り回され、或いは、
演出という責任と権力の名のもとに、言葉を乱雑に振り回し、
言葉が常に人間とともにあるという当たり前のことは、稽古場では、無視され、彼らは、

舞台芸術という免罪符を大上段に振りかざし、
その免罪符があれば、何をやってもゆるされると、そこにいる皆が無思考に曲解し、

作品という何かをつくっている。つくっていた。
ぼくは、それが嫌だった。そんなのが嫌だった。
言葉は言葉以上でも言葉以下でもない。言葉は言葉だ。言葉以外の何ものでもなく、
言葉はぼくたちの道具でも、記号でもなく、言葉は言葉で、
そこに擬人性や人格が入り込む余地はなく、だから、誰もが公平に平等に言葉を言葉としている。

劇団再生ができて、ずっとそのことを考えてきて、自戒し、注意深く常に考えてきた。
劇団再生の稽古場では、言葉が常に平等で公平だ。
モニタに映るトムは、照明という光を浴びて、トムを証明し続けている。

とは言いながら、ぼくはずっと、言葉を言葉以上のなにかだと、思ってきた。
劇団再生で知ったんだ。言葉は言葉だと。

『連塾 方法日本(1)神仏たちの秘密』松岡正剛(375)
『私の個人主義』夏目漱石(169)
『虹と睡蓮』埴谷雄高(253)

確かにそうだ。
劇団再生で知った。それまでは、慢心し、言葉の「力」を過信していた。
見沢知廉三回忌追悼公演が終わり、次の一歩を踏み出し始めた秋、そして初冬。
劇団員一人ひとりと会った。会って、話した。
磯崎いなほと会い、話した。夜だ。それが、始まりだった。
先のことは、全く予見できずに、一人ひとりと会った。
どうなるのか全く分からなかった。
あの秋、初冬。劇団員は、ぼくと市川未来(ころすけ)とゆーこちゃん。

「劇団員が一人も入らなかったら、ころすけ一人で公演するか」と言っていた。
「嫌だよ!」ところすけは言っていた。

一人ひとりの会談で、カッコよく聞こえる演劇論をぶつこともできただろう。
耳障りのよい言葉ばかりを選んで勧誘もできただろう。

そうできなかった。どうなるかわからなかったけど、本当のことを話そうと思っていた。
一人ひとりと居酒屋や喫茶店で会い、そう話した。
会談の一人目は磯崎いなほだった。彼女と話したときに思った。
言葉は言葉だと。そして、誰よりもぼくが勉強し続けないといけないんだ、とその夜思った。
自身に枷をはめ、戒律をつくり、ひたすらに守り続けてきた。
それが吉とでるか、凶とでるか、わからないけれど、今もその夜決めた戒律は守り続けている。

一人ひとりの夜を鮮やかに思い起こすことができる。

ころすけが理想とした劇団は、どんな劇団だろう。
ゆーこちゃんが思い描いた劇団は、どんな劇団だろう。

劇団再生の稽古場で言葉は粛々と言葉を言葉としている、と今日、思いながら、
劇団員のあの夜を思い出した。
目の前には分厚い脚本。万年筆は一休み。赤ペン一本を取り出し、一枚目から。
さて、読むか。誰よりも読もう。一番読もう。