●598●『キルケゴール』【世界の名著40】

2009年7月22日 23:29:06

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とてもたくさん劇団がある。東京にはそれが集中している。
「芝居をやってます」というのが特別でもなんでもなく、そこいらじゅうにいる。
毎日毎日、劇場という劇場で芝居が上演され、
この地価の高い東京で今も劇場がオープンし続け、

東京での演劇上演における構造的且つ決定的な欠陥にはみな目を瞑り、
半年も一年も前から、作品がないにも関わらず、劇場を予約し、
劇場を押さえてから作品を準備し、予算を組む。
劇場費は総予算の4割を超え、けれどもお客さんがきてくれれば、と楽観し、
俳優は、知り合いにメールをし続け、関係者同志がそれぞれの芝居を

こないだ来てもらったから、

と、知り合い同志が、俳優同士が劇場に足を運びあい、
うわべで褒めあい、今度うちの芝居があるんです、とチラシを渡し、
そんな完全閉塞下で、真の観客が育つことはなく、演劇は、

構造が殺し、
劇団自身が殺し、
関係者全てが謀殺し、
観客の総意が目の前の演劇を殺し、

演劇に対する創造が止揚されることはなく、
作品も創造も意識も貨幣価値も完全に閉ざされた狭い狭い狭い狭いこの閉塞の中を
ただぐるぐると回り、それが少しどこかに偏っただけで、
あの劇団は人気がある、あの作品はいいみたい、と超短期的な口舌の徒が
ほくそ笑み、

けれども閉塞リングの上どこにも突破口を見出せず、
今回はお客さんが入ったから次はもっと大きな劇場で、とその罠に嵌まり込み、
それはまさに構造の罠で、

その罠はあちこちに仕掛けられ、あちこちでその罠に嵌まり込み、
だから、劇場は開館し、休演日なく毎週毎週上演され続け、
夜間の公共施設という公共施設は劇団の稽古に占拠され続け、
チラシは印刷され続け、公演のお知らせメールが届き続け、DMが届き続け、

演劇は、完全な死に体、だ、と言い切るのは簡単だ。
人間に芸術を救うという行為は許されるのだろうか。
芸術に対する救い、とは、一体なんだろか。
そも芸術は、救われなければならないのか。
この救いという観念は、思い上がった人間のエゴイズムではないだろうか。
このまま、芸術が滅び去るまで、一度完全に滅ぶまで、

ぼくは、息を潜め、

と、こうしてマクドナルドで一番大きなハンバーガーを食べる。

演劇に芸術性を、発展性を、教育性を、換金性を、見越した地方もある。
仙台・愛知・熊本・盛岡、名古屋もそうか、大阪もそうだろう、
逆に演劇をそも「何か」だと見なさない地方もたくさんある。
アマチュア劇団が上演できるような会場が一館もない地域はたくさんある。
演劇芸術は、お金がかかる。人材もかかる。才能もかかる。
それらの、「かかる」ものをもっと別の「貢献」に利用したほうが、というのも
わかりすぎるほどわかる論理だ。
演劇は、全てが冗長だ。企画段階から冗長との戦いだ。

この速度の時代、問即解が求められる時代に、あまりに冗長だ。
だから、ぼくは、息を潜め、まだマクドナルドにいる。

こんな演劇時局論を展開したら、新書の一冊なんかすぐに書けてしまう。
問題は、やっぱり、じゃあ、どうしたらいいんだろう、ということか。
これだけ、論点がはっきりしている。だから解決策も、実は、簡単なんだ。
この一番大きなハンバーガーの名前をどうしても、サンダーマウンテンと言ってしまう。
こんなに大きなハンバーガーも、食べる、という行為で完全に消費される。
何がしかの対価を支払って購ったこれは、
ぱくぱくと完全に消費され、あとには、何もない。
多少、「おいしいな」とか「こりゃまずい」とかの感想はあるだろうけれども、
マクドナルドの自動ドアを開け、次の予定の為に足を踏み出したときには、
きれいさっぱり忘れているくらいの感想。

同じだ。何もかも。
芸術も、完全に消費されなければならない。
いくら難しい芸術論をぶち上げたところで、
それは、この大きなハンバーガーの開発苦労話と同じで、マクドナルド店内ではなんの意味もない。
芸術も、今、ぼくが食べたこのサンダーマウンテンに似た名前の大きなハンバーガーと同じで、
完全に消費されなければならない。

芸術を喰いつくし、
あるいは、一歩間違えれば、ぼくたちは、芸術に跡形もなく喰われてしまうか。
ぼくたちは、演劇をその骨の一片までしゃぶりつくし、喰いつくすしか、
次の一手を持たない。

閉塞下の演劇。構造自体に囚われた演劇。
君もまた、囚人だ。構造という刑務所に捕われ、芸術という名を与えられたことにより、
その芸術に捕われ、君もまた、囚人だ。
満期出所を息を潜めて待っているのか、それとも、
自身の命を懸けて脱獄を謀るのか。
あるいは、現代の時代に即し、仮釈放を狙い、おとなしく優等生ぶっているつもりか。

劇団再生を観ろ。

『キルケゴール』【世界の名著40】

(598)
責任編集/枡田啓三郎

「哲学的断片」訳/杉山好
「不安の概念」訳/田淵義三郎
「現代の批判」訳/枡田啓三郎
「死にいたる病」訳/枡田啓三郎