『カントの思想』【世界思想教養全集3】

2010年4月10日 10:25:21

写真

東京を離れたところで何が変わるものでもない。
鞄の中に2冊の思想書「ヘーゲル」と「プラトン」、そして、
読み終えることのない本を左手に。
右手はその本をめくるために、いつも空いている。

それにしても、カントは難しい。
この「純粋理性批判」を読むのは3度目だ。

一回目は、20代の前半。全く歯が立たなかった。
何を言ってるのかさえわからなかった。難しいにもほどがある。
なにせ単語一つの意味がわからない。
20代の年間300冊というノルマのためにとにかく活字を追った。
読み終えても何が何だか、一体何が書いてあったのかさえわからなかった。

二回目は、31歳。はっきりと覚えている。
仕事が変わり、腰を落ち着けていろんなことに取り組もうと考えたんだ。
このころだ。ドストエフスキーを読み直した。太宰を読み直した。
埴谷雄高を読み直した。トルストイを読み直した。安部公房を読み直した。
ヘーゲルを読み直した。ソクラテスをプラトンをアリストテレスを読み直した。
そんなときに、カントの「純粋理性批判」も読み直した。
30にもなったから、少しは理解できるかと楽観して読んだ。
ゆっくりと読んだ。
でも、理解には程遠かった。難しい。なんなんだ、カントは、と怒りさえ覚えた。

そして、42歳。三度目の正直だ。
難しい。理解には至らない。意味が分かったかどうか、疑問符付きの理解か。
ぼんやりと「カント」が何を問題にしているか、ということが5%くらいわかったくらいか。

とにかく、読んだ。それだけだ。

東京を離れることに少し喜びを感じ、鞄に二冊の思想書。
左手には、読み終わらない一冊の本。右手はその本をめくるためにあけてある。
昨日書いた「高木ごっこ」


俺は、言葉の荒野に窒息する

一冊の本を心臓がわりにして

読み終わらない一冊の本を俺の心臓として

読み終わらない一冊の本が、この心臓を動かしている。
鼓動をあわせ、血流をあわせ、体温をあわせ、その本がこの心臓を動かしている。
その本が動くことをやめれば、

この肉体も動くことをやめるだろう。

読み終わらない一冊の本。今も左手に握りしめている。

『カントの思想』【世界思想教養全集3】

『世界思想教養全集』は全24巻。
自宅に全巻揃っているので、1巻から進めている。
「カントの思想」で3巻を読了。次の第4巻は、「ヘーゲル」だ。鞄に入っている。
この全集は、年内には読み終えるだろう。
自宅に積んである全集、あとは『世界の名著』全81巻。
楽しみだけが、そこにある。

また一冊読み終えた。
理解には到らないまでも、とにかく読み終えた。

カント「純粋理性批判」は、また挑戦する日があるだろう。
10年後か、20年後か、それとも明日でも読もうと思うかもしれない。

何千冊、何万冊もの、一冊ずつ読み終えることのできる本、そして、
一冊の読み終わることのない、本。

その両方を抱きしめながら、今日もページをめくる。

『カントの思想』【世界思想教養全集3】


概説/枡田啓三郎

カント「純粋理性批判」 高峯一愚訳