●2冊●『孫子・呉子』【新書漢文大系3】・『中流の復興』(鈴木さんから)

2008年8月22日 22:17:01

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『孫子・呉子』【新書漢文大系3】
著/天野鎮雄_編集/三浦吉明

何冊も並行して本を読む。
昔っからそうだったな。小学生の頃からだ。
学校に行く途中で読む本、塾の帰りに読む本、夕食の後に読む本、寝る前に蒲団の中で読む本。
いつも3冊か4冊か、並行して読んでいた。
今もそう。

朝起きて読む本、歯を磨きながら読む本、移動で読む本、
喫茶店とかで読む本、読書の時間に読む本、寝る前の歯磨きのときに読む本、蒲団の中で読む本、

なんだか、いろんな本があちこちにページを開いておいてある。

今、読んでいるのは、『反近代の思想』【現代日本思想大系32】、
『日本主義的教養の時代』、『老子』【新書漢文大系2】、『昭和天皇』、『子規の四季』。

5冊か。順に読み終えていくだろう。
読み終えると、また一冊手に取る。
いつも何冊も同時に読んでいる。

集中して本3冊を並べて完全に同時に読んだりもする。
そうするとページをめくるのが面倒。

そうだ、新しい速読を練習しているんだった。
少しずつ効果がでてきたかな。

一分間に2000字くらいまで早くなると、もう少しペースが上がるのにな。

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『中流の復興』
小田 実

「前みたいに、読んだ本の書評を書かれないんですか?」
とメールを頂いた。
この「高木ごっこ」をいつも見てくださる方。

『前みたいに』というのは、
どうやら、「高木ごっこ」を立ち上げる前のブロぐ「劇作家が今日読んだ本」のことのよう。

その頃は、一冊ずつ丁寧に感想を書いていた。
自分を反映しつつ、正直に書いていた。
そういえば、あんな風には書かなくなったなあ。
指摘されて、思う。堕落?手抜き?やる気?

そんな風に考えてみるけど、どうもそうじゃないみたい。
一冊ずつに愛情もあり、感想もあり、読後感もていねいにある。
今日の2冊にも書くことはできるけれども、

んー、なんでかなあ。

書こうと思えば書けるんだ、きっと。

「本書は、小田実の行動的方法論(具体)だ。
小田実という作家。現在はそんなに有名じゃないかもしれない。
1965年に『ベ平連』を結成し、全国的に活動し、成果を挙げた。
酷薄な格差社会をなくし、平和と人間の豊かさを手に入れるための『小田的』思考。それが本書だ。

―『世界全体をどうするのかと考えてもできないけれど
世界全体をどうするかという手がかりをもつくらいには、
日本は豊かになってきた。(中略)絶望しても仕方がないんです』―

本書の中で著者は、希望的方法論を展開する。
タイトルにある中流というのは、まさに日本人が心のどこかで望む意識であり、
一つの市民という私の展開であり、
比較文化的な市民の総体であり、
『小田的』希望。

それは、政治的な立場をどこに立とうと、正しい展開。
完全に正しい。

だからなのか、ちょっと反抗してみたくもなる一冊なのです。
「中流」と「平和憲法」を楯として、論陣を張ります。
それが、やっぱり正しい。正しいから、ちょっと反論してみたくもなる。

正確な記述すぎてちょっと反抗してみたくなる。
著者は、論陣を広げていく。広げられてもやっぱり正しい。
各論点に有機的な繋がりが感じられないのは、

それが『小田的』なんだ、とも思わせる。

ちょっとだけ反抗したくなる正しい論点の一冊」

と、書いたりもできるけれども消耗する。
書評を書いている場合じゃないんだ。
脚本を書け!と、夜に襲われる。