●876●『この世でいちばん大事な「カネ」の話』『天皇陛下の全仕事』『音楽と言語』

2009年2月15日 01:17:43



先日、レコーディングスタジオで何曲かのピアノベースの曲を録音した。
ハモニカをかぶせたり、声をのせたりして、
ワンテーマでいくつかのバージョン違いを録った。
懐かしいスタジオだ。いいスタジオ。
ロビーで著名な歌い手さんと会ったりする。
昔、ここで働いてたな、と思い出し、いざ自分が録音する側に回ると、
ちょっと緊張。
4時間をかけて、3曲の録音。いいペース。

スタジオで昔からの知り合いに、
「高木君は、他人に厳しすぎるからねぇ」と、不意に言われた。

昔から、他人を許すことを絶対にしなかった、と彼は言った。

そんなことはない。
許すも何も、他人に対して、そこまでの感情をあらわにしたことはないはずだ。
それに、誰かを何かを許す、なんておこがましい感情は、そもそも持ち合わせない。
何モンだ、俺。と。

「そんなことじゃないんだよ」
「高木君の中にいる他人だよ」と。

5歳上のエンジニア。仲良しの彼は、そう、ぼくのことを良く知っている。
一緒に悪いことをたくさんして、
一緒にたくさんの法を犯し、彼は、

「一度でも高木君の中で切れたら、二度と繋がらないからねえ」、そう言った。

ぼくの音響システムの先生であり、
今も一線で活躍するエンジニア。

「長い付き合いになったね」と一緒にコーヒーを飲んだ。
「周りから丸くなった、って言われるでしょ」
「でも、全然丸くなってないよ」「なんだ、その目」と、彼は笑った。

目つき、悪い? と、聞いてみた。

「こうしてるとそうじゃないんだけど、一瞬の目つきの悪さは前以上だよ」

へー、そうなんだ。
「でも、やっぱり丸くなったんですよ、本と、本と」
「いや、だから、そう言われるのはわかるよ」
「自分でも、そう思うし」
「そう? そうは思えないよ」自信たっぷりに彼は、
2杯目のコーヒーを内線で注文した。一緒にサンドウィッチが届いた。

「劇団はどう?」彼はくるくるとペンを回しながら。
「どうでしょう。楽しくやってますよ、見に来てください」
「また見に行くよ。劇団員は大変そうだなあ」
「そんなこともないと思いますよ」
「また自分で曲を書けばいいのに」
「書きたいですね、全部の曲」
「劇団員は、大変そうだなあ」

彼は、何度か繰り返して、のんびりと笑って、ぼくは、スタジオの重い扉を開けた。

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』西原理恵子(208)
『天皇陛下の全仕事』山本雅人(364)
『音楽と言語』著/T.G.ゲオルギアーデス_訳/木村敏(304)

曲を書き上げ、録音を終え、マスタリングを終え、納品パッケージ。
作曲するときには楽しかったのに、
録音の段になると、ただの作業でしかないことをあらためて思い、
つまんなくなった。

彼にそう言うと、「また始まった。昔から言ってたね」
「録音しなきゃしょうがないんだから、楽しくやったほうがいいのができるの!」
彼は、昔から、そう言っていた。

西原理恵子のパンセシリーズ。
これは、とんでもない名作だ。泣いた。笑った。身につまされ、また、泣いた。
西原理恵子の作品を始めて知ったのは、
「近代麻雀」という麻雀雑誌だった。
とんでもない下手な絵で、麻雀初心者(西原本人)の四コマ漫画を連載していた。
その漫画は、多分彼女自身の実話だったのだろう。
毎号楽しみにしていた。

そして、何度かお会いした。お会いしたというか、雀荘で見かけた。

その彼女がこんな一冊を世に問うた。
とんでもない本だ。これこそが経済学の本流。嘘偽りのない経済世界。
マルクスもエンゲルスも真っ青の経済理論。
こりゃ、まいった。参った。

本を読まなきゃと思っている。
今月は、ペースが遅い。
集中すればなかなかに早く読めるのだけれども、
ここ数日の不安定や、不均衡にやられ、どこかに逃避してしまう。
それでも頑張って読んだ。

『天皇陛下の全仕事』を読んだ。
『音楽と言語』を読んだ。

知っていることばかりだった。
「音楽と言語」は、自分がここ20年で経験し、考えてきて、
自分なりに結論付けてきたことを、小難しく書いてあるだけだった。
言語と音楽を双方から弁証法的に詰めていく方法は、効率的だな、と思っただけだった。
自分は、この結論に20年かけて経験則だけしか方法を持たなかったな、と思っただけだった。
今なら、言葉と音楽という人間の原感情に密接に関係する記号に対して、
今在る結論を複素平面に置き換えて語ることができるな、と思った。
でも、そんな暇はない。

そんなものを書いても何も満足は得られそうもない。

稽古場でいつも劇団員に言ってることだ。
劇団再生の劇団員なら、みんな知ってる当たり前のこと。

メールが届いた音がした。見てみると、エンジニアの彼だ。
「お疲れ様。久しぶりに楽しかったね。
昔の下北じゃなくなったけど、またあそこで遊ぼうよ。
今度は健全に」
そんなメールが届いた。

脚本を書き上げた。
日付を書き、署名をした。