●1063●『世界教養全集14』『管制塔に赤旗が翻った日』『「阿含経典」を読む』

2009年10月4日 00:10:02

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本を読むことに関して、それにしても毎日毎日飽きもせず書いてきた。
読んだ本をこうして整理して、ページ数をチェックして、アップしてきた。
月に10000ページというノルマ。
昨年の年間500冊、というノルマよりも楽な気がしている。
実は、今年にはいってページ数は確認してきたけれども、何冊読んできたのかはカウントしていない。
高木ごっこを年頭に遡りカウントすればわかるだろうけれども大儀だ。

今日も、こうして本を読んだ。
ひっくり返って本を読んだ。
コトバの奴が飛んだり鳴いたりしてるところで本を読んだ。
本を読んでるぼくを見下ろしているコトバに時々、「やあ、元気かい」と
声をかけながら本を読んだ。

今日は土曜日、劇団再生稽古の日。
先週は、富士の裾野での合宿だった。あれから中5日。たった中5日?
あの合宿が随分と遠く感じられている。
午後6時、稽古場に劇団員が集まってくる。
先週の三日間の合宿から持ち帰ってきたそれぞれの課題を剣とし、稽古場に集まってくる。
その剣の刃は、両刃か、片刃か、ふと、そう思った。

頭痛が治まらない。このまま今日の記事は雑記で終わるか。
音楽をかけてくれ。と、ぼくがぼくに命じている。今、この夜を創出する完全な音楽をかけてくれ。
聴き続けている森田童子か、いや、違うな。
ロックが欲しいのか、違う。8ビートも16も、この夜をどうにかすることなんかできそうにない。
クラッシックか、なるほど、そうかもしれない。では何だ。
シンフォニーか、それとも弦楽か、ピアノか、違うな、違う。
三味か笛か、違う、声が欲しいのか、違う、違う、

頭痛が治まらず、音楽が決まらず、夜が待ちきれずに声をあげる。
「夜は自らの王になるのではないか」と。

そうきたか、
その一言は、死への跳躍ではないか。死への予告ではないか。なるほど。
今日は、そんな夜か。

劇団再生の稽古場で行われた劇団員の交わりがこの夜を連れて来たのか、それとも、
今日の夜は、自ら声をあげようと手薬煉引いて待っていたのか。
どちらにせよ、夜だ。音楽だ。こんな夜は、音楽がいるんだ。それは決まりごとだ。
人間がここに「在る日」「在り」始めたあの日からの絶対の決まりごとだ。
さあ、真夜中の闊歩。音楽だ!

夜がタクトを振る。

『世界教養全集14』

(460)

『管制塔に赤旗が翻った日』 三里塚を闘う全国青年学生共闘

(326)

『「阿含経典」を読む』石上和敬

(277)

頭痛が治まらない。
処方されている薬をのめば、一時的に治まりはする。けれども、一時的だ。
中止しないと人前で目の下が引きつったりしてしまう。
それはとても嫌な顔に見えるだろう。

SIONが歌う。

真夜中

SIONが歌っている。

『世界教養全集14』

(460)
「新文章読本」川端康成
「日本文芸入門」西尾実
「世々の歌びと」折口信夫
「俳句読本」高浜虚子
「現代詩概観」三好達治