『治安崩壊』『公安化するニッポン』『封印の公安警察』『ドイツ詩を読む愉しみ』

2011年4月25日 22:40:32



「本を読んでいると時間を忘れる」と読書を趣味にする方に言われた。
どんな文脈からの発言だったか、その方は楽しそうにそう言った。高木さんはどうですか? と。
ぼくは、「そんなこともないですね」と答えた。
そしたら、「たくさん読み過ぎたんですね」と言われた。
前後に形容文や修飾文が入り、とても人間らしい、大人の会話的な、時間だった。

たくさん読み過ぎたから。

その方は、そう言った。

その方の読書量は、年間100冊前後。
これまでの人生においてもそれを超えて読んだことはないらしい。
量としては、ぼくの方がたくさん読んでいる。質はどうか。それは、個人の価値として、置く。
推理・ミステリ・旅情・やや思索的・日本近代・アメリカよりヨーロッパ。
そんなキーワードがその方の趣味だ。そう趣味だ。年間100冊。
時間を忘れて読書に没頭できるのはとても素晴らしいことだ。それにしても、だ。

たくさん読み過ぎたから。という感覚は、たくさん読み過ぎた者にしかわからない感覚ではないか。
違うだろうか。その方は、ごく自然に、自分の言葉として、そう言った。笑みと共に。

考え込んでしまった。その「たくさん読み過ぎた」場所が想像できるのだろうか。

本を読み過ぎることの不幸を、現在の「没頭できる時間の中で」想像しうるのだろうか。

もしかしたら、本を読み過ぎることの不幸は、世間一般の常識的な結論なのか。

その不幸をぼくは、経験しつつある。正確には、その不幸の真っただ中でなんとか保っている。

正気や、関係性や、時間の移動性や、場所の経過性を、保っている。

本を読んでいると時間を忘れますね。
書店で本と出会うのがとても好きです。
本を持った時の感触は独特で気持ちいいものですね。
読み終えるときにとても寂しい気持ちになります。
読み始めたら必ず終わりのページが来るんです。

『治安崩壊』北芝健
『公安化するニッポン』鈴木邦男
『封印の公安警察』島袋修
『ドイツ詩を読む愉しみ』森泉朋子

画が見たい。好きな画を見ていたい。何も考えずに好きな画の前で独り、在りたい。
加山又造の「猫」を観に行こう。フェルメールの「地理学者」を観に行こう。
レンブラントを観に行こう。ルーベンスを観に行こう。モネを観に行こう。
ダリを長谷川清を観に行こう。太宰治に坂口安吾に安部公房に会いに行こう。
三島由紀夫に澁澤龍彦に五木寛之に会いに行こう。電車に乗って会いに行こう。

画が見たい。文人に会いたい。ひたすらに本を読みながら、巨大な肯定的絵画が現れる。

その巨大な肯定は、演劇という、否定的な場所においてこそ、輝くのかもしれない。

そんな予感がしている。

本を読みながら、そんな予感を感じながら、肯定は悲劇か喜劇か、否定は喜劇か悲劇か、と考える。